出荷先も変わってきている

北陸新幹線も開通して、めまぐるしく世の中は変化しています。
その世界の流れにしっかりついて行くことは出来るでしょうか。 
当面無視するのも方法の一つですが、気がつけば浦島太郎状態になっているかもしれません。

どんどんスーパーマーケットが大型化して行くが

世の中が目に見えてこのような変化していると言うことは、スーパーマーケットのあり方にも大きな変動が見られるということにもなるのではないでしょうか。
スーパーマーケットはどんどん大型化して、まるで巨大な娯楽施設かと勘違いしてしまう人たちも少なくありません。
でもショッピング出来る選択肢が増えると言うことはて利用者にとても都合のいいことであり、ショッピングの帰りに簡単に映画など観ることができるような時代にもなりました。

しかし小さいスーパーマーケットを放置していていいものか

しかし地元に目を向ければ、昔からずっと頑張って来た小さなスーパーマーケットがあり、そのようなスーパーマーケットが大型スーパーマーケットの登場で倒産寸前の被害を受けていると言います。
大型のスーパーマーケットがあればいいと言う人たちもいますが、もしも車の免許がない場合などなかなか大型スーパーマーケットに向かうことが出来ないということまで問題視しなければなりません。
また、大型スーパーマーケットは、実際にその場所に到着したにしても、目的の場所まで数百メートル徒歩で歩く場合もあり、高齢者の人たちはそのようなスーパーマーケットのメカニズムになかなかついて行くこともできません。

そのシステムは本当に正しいのか

現代社会のスーパーマーケットは、合理的システムに依存し、だからこそ多数派主義に陥り少数派のメリットなんて置き去りにされているのかもしれません。
スーパーマーケットで近所づきあいのようにたわいもない話しをしている人たちはどの程度いるでしょうか。

問題は、マジョリティーの合理化だけを追求していることだといえます。 
その中で人間関係も希薄になり、人と人は目的を果たすため通過して行くだけです。
若い人たちが、サンマをどのように調理していいのか聞くことも出来ず、そしてスーパーマーケットにも職人が不足し、質問しても判らないと答えられるケースが増えてしまったようです。
大型スーパーマーケットとは、まさに「合理化を追求した大きなシステム」に過ぎないようです。

サンマの味は伝承されないのか

サンマをどのように調理をしていいのか判らない人たちはもちろん親から聞くと言う方法はあります。
しかし昔の小さなスーパーマーケットなら、近所のオバサンが長々とパートなどしていて親切にこちらが言うまでもなく顔色を窺いいろいろお節介にアドバイスをしてくれたものです。
それこそが、地域が作られる監視の目と言うものであり、その目によって犯罪率も軽減することができたはずです。
遠のいて行った大型スーパーマーケットに一体何が出来ると言うのでしょうか。